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Gogh
Gogh 1853-1890

 ゴッホの絵を見て油絵をはじめた人も多いのではないだろうか。実は私がそうだ。あの盛り上がった絵の具を見て、「かっこいい」と思った。これが油絵なんだ、と思った。筆跡を残さない古典的な絵画など、全くつまらない退屈な絵としか見えなかった。
 小学校の時、グループで1枚の絵を描くという授業があった。6人がそれぞれのパーツを描き、1枚に張り合わせて完成だった。私達のグループの絵だけ、遠くからみても1枚があきらかに浮き上がっていた。私の絵だけゴッホ風の描き方で、水彩絵の具がボコボコと盛り上がっていたのだ。それを見たとき、初めて自分だけ少し違うんだ、と気がついた。しかし水彩画はこう描くとかいう話はどうでもよかった。私はゴッホのような絵が描きたかった。あれこそが描きたいと思わせるような本物の絵だった。
 死の直前に描いたと言われる「カラスのいる小麦畑」は、一つ一つの筆跡がものすごい迫力で迫ってくる。ゴッホが筆を握っていた力や、それを動かしたスピード、そこに込められた感情など、ものすごいエネルギーがカンヴァスにそのまま残っている。
 以前、弥生時代の水田跡に残っている足跡を見たが、その時も同じようなエネルギーを感じた。男と女、それと子供の足跡だった。見つめるとそこに立っていた人が感じられ、彼らの想いが何千年を越えて今そこにあるような気がした。
 印象派の絵描きたちは筆跡を残す画風が多い。それまでの画家達のように対象物を客観的に見るのではなく、主観的に見るため、筆跡は重要な意味を持ったのかもしれない。そこでの主役は対象物ではなく、自分にどう見えるか、自分の感情がどう動いたか、自分にとってそれはどういうメッセージだったか、が大きな意味を持ってくる。
 後期の作品でゴッホの絵の中に出てくる空気は渦を巻いている。不吉な予感がしたり、襲ってくるような恐怖を感じたりする。たぶん彼は病気だったのだろう。彼の感じた不安や恐怖が伝わってくる。しかしそれでもこの絵を美しいと思うのは、彼が感情を素直に表現したことに勇気を感じるからではないだろうか。わたしはそれを「かっこいい」と思った。